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2017年1月23日

畑岡奈紗プロ 独占インタビュー
5年以内に海外メジャー優勝を狙います!

 今シーズンからチームSRIXONの一員となった畑岡奈紗プロ。そこでダンロップゴルフィングワールドでは畑岡プロに独占インタビューを敢行。幼い頃の話に始まり、ゴルフとの出会いや中嶋常幸からの教え、松山英樹プロとの交流、スリクソンのボールとクラブ、さらにルーキーとして挑むUSLPGAツアーなどについてたっぷり語ってもらった。

小学5年生から難コースの宍戸ヒルズCCをラウンド

DUNLOP GOLFING WORLD(以下、DGW)
今まで何度も聞かれているとは思いますが、「奈紗」という名前はどなたがつけたのですか?
畑岡
“誰も成し遂げていないことができるように”という願いを込めて、父と母が考えてくれました。念のため神主さんに名字との相性も確かめたそうです。自分では覚えていないのですが、幼い頃、アメリカからロケットの打ち上げをテレビ中継していて、画面の右上に“NASA”と書いてあるのを見て、「私の名前がテレビに出てる!」と父に言っていたみたいです(笑)。
DGW
奈紗という名前は気に入っていますか?
畑岡
はい。アメリカでもすぐに覚えてもらえるので。
DGW
幼い頃はどんな女の子だったのですか?
畑岡
家の中でおままごとをするタイプではなかったですね。男の子とサッカーをしたり、ドッヂボールをしたり、とにかく外を走り回る活発な子どもでした。インドアでは……、幼稚園の時にエレクトーン教室に通いました。もう弾き方は忘れちゃいましたけど(笑)。
DGW
ゴルフとの出会いは?
畑岡
7歳ぐらいの時に、ジュニア用のクラブを買ってもらって始めました。でも、その頃は本当に遊び感覚で、月に2、3回、母と一緒に練習に行くぐらいでした。それと、私の通っていた小学校にスナッグゴルフクラブがあるのですが、小学校3~4年くらいでそこに入って親子大会にも出たりしました。
DGW
本格的にゴルフを始めたのはいつですか?
畑岡
11歳からです。そこから本格的に練習を始めて、半年ぐらいで初めて試合に出ました。母が「宍戸ヒルズカントリークラブ」に勤めていて、私も練習させてもらっていたのですが、そこでちょうどジュニアの大会が行われることになって、母が「出てみない?」と。ただ、成績はたしか下から3番目か4番目で、全国大会に行けるレベルではなかったですね。
DGW
宍戸ヒルズCCは男子プロのあいだでも難しいと評判のコースですよね。
畑岡
はい、本当に難しいです(笑)。でも、私は小学5年生からラウンドさせてもらっていますが、あのコースでのプレーはすごく勉強になります。
DGW
ところで中学校では陸上部に入っていたそうですね。
畑岡
はい、ゴルフのトレーニングにもなるということで、中学3年の途中まで在籍しました。種目は最初が100メートルで、その後、200メートルに転向しました。200メートルは本当にきつくて、残り50メートル以降は苦しくて記憶が飛んじゃうんです(笑)。きつかったけれど、ゴルフにはいいトレーニングになりましたね。
DGW
プロゴルファーを意識し始めたのはいつごろですか?
畑岡
中学に入ってからですね。私は毎年、「ワールドレディスチャンピオンシップ サロンパスカップ」を観に行くのを楽しみにしていたのですが、ある年に宮里藍さんのプレーを見て、「私もあんなふうにプロとしてやっていきたいな」と思いました。それと、私はまだ観戦の仕方がわからなくて、ホール間のインターバルで「藍ちゃん!」と呼んでしまったのですが(笑)、藍さんはその呼びかけに手を振って応えてくれたんです。そういうところもすごくカッコいいな思いました。

とても参考になる中嶋常幸プロの試合での経験談

DGW
そして、中学2年で中嶋常幸プロが主宰する「ヒルズゴルフ トミーアカデミー」に入ります。これは自分で決めたのですか?
畑岡
はい。本当に私は環境に恵まれたと思うのですが、トミーアカデミーが行われる「静ヒルズカントリークラブ」は自宅からクルマで40分くらいで行けて、しかも、あの中嶋プロに教えてもらえるというので申し込みました。ダンロップのクラブやボールを使い始めたのもその頃です。
DGW
初めて中嶋プロに会った時のことは覚えていますか?
畑岡
はい。私たち生徒が座って待っている部屋に中嶋プロが入って来られたんですけど、本当に目ヂカラがすごくて、緊張したのを覚えています(笑)。
DGW
中嶋プロはどんな指導をされるのですか?
畑岡
合宿の食事のあとに、ご自分の試合での経験を話してくださるのですが、それがとてもためになります。練習も、ゴルフクラブだけではなくて、野球のバットとかテニスラケットなど身近にあるものを使ってやるのがすごく勉強になりますね。
DGW
今回、ダンロップスポーツとの契約が決まって中嶋プロからは何かお話がありましたか?
畑岡
「本当によかったね」と言ってくださいましたし、中嶋プロのおかげで今の自分があると思っています。
DGW
ダンロップの契約プロになったわけですが、オススメのクラブとボールはありますか?
畑岡
オススメですか(笑)?ええと、スリクソンのドライバーは本当に飛ぶので、飛距離に悩んでいる方はぜひ使っていただけたらと思います。ボールは『スリクソン Z-STAR XV』ですね。私はジュニアの頃からずっと使っていて、プロデビュー戦(昨年の伊藤園レディス)からNEWモデルを使っているのですが、ドライバーで5~10ヤードは飛距離が伸びました。スピンもよく利いて、グリーン周りからのウエッジのショットでも、それまではなかった、スピンで戻る球が打てるようになりました。グリーンが硬くて速い海外ツアーでは、いかにグリーンで止まる球が打てるかが大事だと思うので、スピンが掛かるのはありがたいです。

松山プロが「サインをもっと簡単に」とアドバイスした理由

DGW
松山英樹プロとも親交があるそうですね。
畑岡
2015年12月のトミーアカデミーの合宿で初めてお会いしました。私たちが練習しているところにサプライズで来られて、本当にビックリしました。初めてじっくりお話をしたのは去年の12月にフロリダでお会いした時です。松山さんは、バハマの試合(ヒーロー・ワールドチャレンジ)で優勝してフロリダのご自宅に戻って来られて、私もQTに出場するためにフロリダにホームステイしていたので、一緒に食事をさせていただいたんです。
DGW
その時に松山プロからアドバイスはありましたか?
畑岡
技術的な話では、やはりドローのほうが飛距離が出るのでいいと言われました。国内でプレーしている時には、少しは飛距離に自信があったのですが、アメリカに行くと私の飛距離ではまったく目立ちません。もちろんドローとフェードを打ち分けられればベストなのですが、飛距離を求めるなら、やはり持ち球はドローのほうがいいのかなと思います。
DGW
そういえば、松山プロから「サインをもっと簡単にしたほうがいい」と言われたとか。
畑岡
はい(笑)。松山さんは百人ではなく千人単位でサインをされていて、私はそこまではいかないのですが、「そのサインで100人に書くなら、もっと簡単にして500人にしてあげたほうがいい」と言われました。
DGW
なるほど。新しいサインはもう考えたのですか?
畑岡
いえ、まだです。これから考えますが、普通に筆記体で書くのがいいのかなと思っています。

アメリカで戦うために必要なのは、飛距離と“対応力”

DGW
畑岡プロは、アマチュアの頃から積極的に海外でプレーしていますが、初めて海外の試合に出たのはいつですか?
畑岡
中学1年の時、韓国の地区大会に出たのが最初ですね。
DGW
それは自分で出たいと思ったのですか?
畑岡
いえ、父のアドバイスでした。その後も、父の勧めで海外の試合にたくさん出ました。海外でプレーすることについて、最初のうちは「どうなるんだろう?」と不安な気持ちもありましたが、だんだんそのありがたみがわかってきて、今では父に感謝しています。
DGW
初めてアメリカでプレーしたのはいつですか?
畑岡
高校1年の世界ジュニアでした。最初はアジアにばかり行っていたので、初めてアメリカに行って、同じ海外でもずいぶん違うなと感じました。コースもすごくきれいだなと思いましたが、芝には苦戦しました。それは今でもそうですけど。
DGW
昨年12月のUSLPGAツアーのファイナルQTでは、見事今季の出場権を獲得しました。プレーしてみて、周りの選手のレベルはどう感じましたか?
畑岡
1、2日ならまだ戦えるなと感じましたが、試合トータルで考えると、まだ負けてしまっているなと思いました。飛距離や体力の面でそう感じたし、集中力もそうです。
DGW
飛距離が足りないというお話は先ほどもありましたが。
畑岡
はい。国内では、セカンドショットは最後に打っていたのが、アメリカでは最初に打たないといけません。その違いは大きかったですね。
DGW
昨年末から年明けに行ったマレーシア合宿では、飛距離アップのためのトレーニングはしたのですか?
畑岡
主に下半身を強化するトレーニングができました。ただ、焦ってトレーニングをすると身体を壊してしまうので、1年とか2年かけて、焦らずにしっかりトレーニングすることで徐々に飛距離の差も埋めていけると思いますし、日々のトレーニングを欠かさないようにしないといけないと思っています。
DGW
それ以外にアメリカで戦うには何が必要でしょうか?
畑岡
“対応力”です。まず、芝は少なくとも3種類はあって、前の試合と芝が違うこともありえるので、それにうまく対応していくことだと思います。それと、日本ではありえないことがアメリカでは起きます。たとえば、飛行機に乗った時にキャディバッグがなくなってしまうとか。私はまだそれは経験していませんが、「え?」と思うことはあったので(笑)、そういう時に焦らず、それはしようがないと割り切ってやるしかないと思います。
DGW
最後の質問です。いよいよルーキーとしてUSLPGAツアーに参戦するわけですが、今後の目標を聞かせてください。
畑岡
はい。去年、プロ転向を表明した際に、「2年以内に優勝して、5年以内にメジャー優勝」という目標を設定しました。そのために、まずは今シーズンは最低でもシード権を獲って、来シーズン中には優勝したいと思っています。
DGW
ありがとうございました。ぜひアメリカから朗報を届けてください。期待しています。
畑岡 奈紗(はたおか・なさ)
1999年茨城県生まれ。11歳で本格的にゴルフを始め、2015年、16年と「IMGA世界ジュニアゴルフ選手権」を連覇。16年「日本女子オープンゴルフ選手権競技」で17歳263日の史上最年少、さらに史上初となるアマチュアでの優勝を達成。同年10月にプロに転向し、翌月の「伊藤園レディスゴルフトーナメント」で国内プロデビュー。12月に行われたUSLPGAツアーのQTで14位タイとなり、見事2017年の出場権を獲得した。身長158センチ、血液型A。森ビル所属。