ツアー関連情報

2014年6月25日

今季プロデビューを飾った期待の大型プレーヤー
大堀裕次郎

昨年12月にプロ転向を宣言し、今季からダンロップ契約プロとなった大堀裕次郎。ご存じの方も多いだろうが、同じスリクソンのギアでプレーする松山英樹、石川遼(ボールのみ)と同い年の22歳だ。プロ入りこそ二人に遅れたものの、アマチュア時代には「日本アマ」のタイトルを獲得し、プロデビュー戦では、初日、2日目と首位に立つなど、実力の高さを見せた。いったい大堀裕次郎とはどんなゴルファーなのだろう。

2度目のスランプで「すべてを変える」ことを決意

 大堀裕次郎は、1991年11月20日、4人兄弟の末っ子として兵庫県西宮市に生まれた。クラブを握ったのは10歳の時。4歳上の兄の影響だった。

 競技には、ゴルフを始めて1年が経った頃から出場。当初、成績は芳しくなかったが、結果が出始めると、ゴルフが楽しくなっていったという。

 そんな大堀をアクシデントが襲う。

「友達とジャングルジムで遊んでいた時に落ちて、左ひじを骨折したんです。それも、自分の12歳の誕生日に(苦笑)。1か月くらい入院しました」

 その左ひじは今も軽く曲がったまま。ずっとひじを曲げたままにしておくと、周囲の筋肉が硬くなるという。

「でも、ゴルフに支障はないです。たしかに、はじめのうちはスイングした時に違和感があったけど、もう慣れました」

 中学に入ってもゴルフを続けた大堀が、一躍注目の存在となったのは2006年。中学3年で出場した「日本ジュニア(12歳~14歳の部)」で3位タイに入賞したのだ。その活躍により、大阪学院大学高校に進学した2007年、将来のナショナルチーム入りを目指す中高校生によって結成された「チームジャパン・ジュニア」に、石川遼らとともに選抜された。

 だが、この年に出場した「全国高校ゴルフ選手権夏季大会」で10位タイに入ったのを最後に、大堀はしばらく“低空飛行”を続けることになる。

「高校2年の時、ドライバーのスランプになったんです。打ったボールがみんな隣りのホールまで行ってしまうくらい曲がって……。ティグラウンドに立つのが怖いくらいでした」

 そのスランプからは1年ほどで脱出したが、大阪学院大学2年の時、再び同じスランプに襲われた。ここで大堀はある決断をする。

「高校時代のスランプから立ち直った時には、それまでの自分に戻っただけで、結局成長でけへんかったなと思ったんです。だから2度目のスランプになったときには、“また元の自分に戻ってもプロでは通用しない”と考えました。それで、すべてを変えようと決めたんです」

 その頃、湯原信光プロがキャディを探していることを知った大堀は、知人を通してキャディを願い出た。そして、一昨年の「日本プロシニア」でバッグを担いだのをきっかけに、湯原プロに“弟子入り”した。

「湯原さんが教えてくれるのは、“超”感覚的なことです。湯原さんに見てもらったあとは調子がよくなるんです。僕の調子がいい時のスイングをわかってくださっているので、“あの時はこうしていたから、こうしたほうがいい”とか話してくれます」

プロを意識した練習でつかんだアマ日本一

 プロ入りを躊躇させるほど曲がっていたティショットも、湯原プロから「お前の飛距離なら絶対にやれる」とお墨付きをもらった。そうして自信を深めた大堀は、学生最後の年となった昨年1年間の目標を、ツアーのQTで上位に入ることに定めた。

 そして5月の「関西アマ」で初優勝を飾って勢いに乗ると、「プロになるためのステップやと思って練習した」という7月の「日本アマ」でも、決勝で9アンド8という大差をつけ、日本一の座に就いた。

「技術的には、それまでとあまり変わっていないと思います。変わったのは、ゴルフに対する考え方や自分自身の心の持ち方。ドライバーに関しても、自信をつけるためにまずは3番アイアンでまっすぐ飛ばすことを考えました」

 その結果、飛んで曲がらないドライバーショットも復活した。ツアー競技初参戦となった8月の「関西オープン」の2日目には、ドライビングディスタンス323ヤードを記録し、部門別1位となっただけでなく、単独首位に浮上。最終日となった3日目にスコアを落とし、狙っていたアマチュアでの優勝はならなかったものの、9位タイに食い込み、同大会のローアマチュアに贈られる中部銀次郎杯を獲得したのだった。

 プロへの階段を順調に昇っていた大堀だったが、直後の9月、試練が立ちはだかる。右肋骨に、疲労によるヒビが見つかったのだ。そのケガを押して「アジアパシフィック パナソニックオープン」にエントリーしたものの、初日のプレー開始後まもなく痛みが激しくなり、9ホールを終えた時点で棄権。右肋骨は完全に折れ、最大の目標にしていたQT挑戦もあきらめざるを得なかった。

 上位に入賞してプロ宣言そしてシード権獲得という青写真を描いて臨んだ11月の「カシオワールドオープン」では、初日8位タイとまずまずのスタート。しかし、2日目に「78」と崩れて予選落ちを喫してしまう。

「自分も行けると調子に乗りすぎたんです。謙虚さがなかった」

 こうして、大逆転でのシード入りという夢は潰えたが、そのひと月後にプロ転向を宣言。今年、プロとしてのスタートを切ると、JGTO会長推薦枠での出場となったプロデビュー戦「東建ホームメイトカップ」で、初日に単独首位、2日目も首位タイと、周囲の期待に十分に応えた。

目標はマスターズ優勝とゴルフで人々を明るくすること

 その試合でも、2日目のドライビングディスタンスがトップを記録した大堀だが、プロフィールの得意クラブの欄には「パター」とある。

「どうしてかというと、スランプだった時でも、パターで打ったボールはまっすぐ行ってくれたので(笑)。パターは僕を裏切らなかったから好きなんです」

 そのパットについて、大堀は「気持ちが大事」と言う。

「自信がなかったら、入るものも入らないじゃないですか。入ると思って打たなければ入らないので。それに、パットはその日の運やと思ってます(笑)」

 一方で、自らが課題に挙げているのがアプローチ。これに関して、ツアー会場でしばしばアドバイスを受けているのが池田勇太プロだ。

「去年の関西オープンの3日目に一緒の組でプレーしたのですが、次の試合からいつも一緒に練習ラウンドをさせてもらっています。勇太さんも、超感覚的なアドバイスが多いのですが、“ここはフェースを閉じて打ったほうがいい”とか言われると、なるほどと思うし、アプローチの引き出しがすごく多いので参考になります」

 そして、今シーズン、帯同キャディとして大堀のバッグを担いでいるのが、ゴルフを始めるきっかけとなった兄と姉。兄は元トップアマ、1歳上の姉は2010年の日本学生のチャンピオンで自らもプロを目指している。

「兄は優しくて、メッチャ頑張ってくれるタイプ。姉はかなり適当なんですけど(笑)、楽しくやる感じ。二人は全然タイプは違うんですけど、どちらもやりやすいです」

 そんな大堀だが、ご存じのデビュー戦のあとは予選を通過できない試合が続いている。だが、本人にはその原因がわかっているようだ。

「デビュー戦よりもいい成績を出そうと思い過ぎていたんです。それで、ちょっとしたミスにもイラついたりして、ゴルフを楽しめていなかったように思います」

 と、技術ではなくメンタルの問題だと語っている。たしかに、技術がなければ、昨年、今年と、プロツアーで何度も首位に立てるはずがないだろう。

 大堀のプロフィールを見ていて、もうひとつ気になる欄が「目標とする人」。そこには、お笑いコンビ、ダウンタウンの松本人志さんの名前が書かれている。

「すごく好きなんです(笑)。僕は人見知りなんですけど、友達と一緒にいたら、あんな感じで楽しくしゃべりますよ。松本さんのように、みんなを明るくしたいし、僕はゴルフを通じてそれをしたいですね」

 そして、プロとしての最大の目標は「マスターズ優勝」。これは、すでに海外で活躍している二人の同級生、松山英樹、石川遼と同じだ。

 ゴルファーとしての実力もさることながら、182センチの長身や端正な顔立ちを見ても、スター性十分なのは、誰もが認めるところ。ツアーで活躍し、本物のスターになることを期待したい。

大堀裕次郎プロの詳細は、こちらをご覧ください。